● 太陽の謎:立花隆 文藝春秋:第90巻第8号
『
国立天文台の常田佐久教授の「新しい太陽像」と題する講話を聞いて驚いた。
近年、環境問題というと、地球温暖化の話題だったが、太陽活動の観測をずっと続けてきた立場からいうと、いま本当に危惧されるのは、むしろ
「地球寒冷化の危機」
だという。
常田教授は、国立天文台の教授であるとともに、JAXAの「ひので」プロジェクトのリーダーでもある。
「ひので」は、2006年から飛んでいる日本の太陽観測衛星。
すでに5年もとびつづけているが、飛び始めて大発見の連続で、世界で最も成果をあげつづける太陽観測衛星だ。
何しろ5年間で22カ国から520篇の査読論文を生み出し(データは世界中に即時公開)、いまもなをそのハイペースは衰えていない。
「ひので」以前と以後では太陽の見方が一変し、世界中の教科書が書きなおされた。
なぜそれほどの大発見を連続して行えたのか。
搭載する3台の望遠鏡が際立ってすぐれたものだからだ。
特筆すべきは、可視光線・地場望遠鏡(SOT)。
まずその「0.2~0.3秒角」という超高分解能がすごい。
これはハッブル望遠鏡の分解能に匹敵する。
もっとすごいのが、地場を見せる力。
本来、磁力線、磁場は、目では見えない。
ところがこの望遠鏡はゼーマン効果で生まれる偏光を利用して、磁場の微細な動きを目で見て分かるようにしてしまったのだ。
これは画期的なことだった。
なぜなら太陽でおきているほとんどの現象が実は磁場・磁力線の作用で起きているからだ。
原理そのものは前から知られており、地上からの観測でも用いられている。
しかし地上からだと待機のゆらぎで、画面がボケ、磁力線の働きが鮮明にわからない。
それが「ひので」からだと全くボケず、しかも超高分解能。
太陽上のあらゆる現象を磁場敵現象として解析できるようにした。
「ひので」以前の太陽観測は、目が悪い人が眼鏡なしでものを見るのに等しい行為だたtが、いまや度がピシリ合った眼鏡でクッキリスッキリ画像の連続なのだ。
これが「ひので」が次から次に大発見をしつづけることができた最大の理由だ。
NASAもこのような高解像度の太陽専用大型望遠鏡を開発しようと何十年も研究したが、強烈な太陽熱に負けて安定した架台を作れずついに失敗した。
20年遅れで追いかけた日本は、炭素繊維複合材料で熱問題をクリア。
1ミクロンも狂わない架台を作り上げ、驚くべき高解像度を実現した。
かって世界最高といわれた応酬のSOHO衛星(分解能2秒角)が撮ったボケボケ写真と、「ひので」の鮮明写真を比べると一目瞭然。
大発見の連続が当然とわかる。
太陽はエネルギーのかたまりだが、それは磁力線の中に蓄えられている。
磁力線はゴム紐のようなまので、これを引っ張ったり捻ったりすると、そこにエネルギーが貯められる。
ねじりが限界に達してパチンと磁力線が切れたり、リコネクションという磁力線の劇的なつなぎ換え現象が起きたりすると、エネルギーが一挙に放出される。
それが太陽の表面でしょっちゅう起きている爆発現象(フレアなど)のもとだ。
その過程も「ひので」が次々に明らかにした。
「ひので」がもうひとつ明らかにしたことは、黒点の正体。
黒点は太陽表面に散在する黒いシミのような点で、そこだけ温度がちょっと低い。
黒点とはなにかをめぐって昔から大変な議論が続いたが、それは結局太陽内部から外部に突き出た巨大な磁力線の柱の断面のようなものだった。
磁力線そのものが見えないから、断面が黒く見えていただけなのだ。
そこは太陽の中でも、ひときわ磁場が強く1000~4000ガウスある。
これは地球の磁場(東京付近で0.5ガウス)の数千倍以上。
「ひので」は黒点が生まれてから消滅するまでの全過程を詳細に観察して数々の発見をを成し遂げた。
そして、黒点が太陽活動のいちばんのメルクマールになることを示した。
その黒点の数がいまとんでもなく異常になっている。
2008年から09年にかけて、黒点がほとんどゼロの時代が2年間もつづいた。
こんなことはニ百年年来なかったことだ。
黒点はガリレオ・ガリレイ以来、400年近くも詳細な記録が残されている。
「11年周期」で増えたり減ったりすることが昔からわかっている。
しかしここにきて、その周期が「12.6年」に伸びてしまった。
こんなことは、1800年ころの小氷期といわれた「ダルトン極小期」以来なかったことだ。
周期がさらに伸びて、13年とか14年になったりしたら、400年前の「マウンダー極小期」と呼ばれる小氷期の再来(ロンドンのテムズ川が凍結した)になりかねない。
周期以上におかしいのが、磁極反転の狂い。
従来、11年周期で、太陽の磁極がキチンと反転していたのに、北極と南極で、反転のタイミングがズレはじめたのだ(北極は11年周期で反転し、南極は12.6年周期で反転)。
このままいくと、太陽は磁力線が南のプラス極から出て、北のマイナス極に入る二重極構造から、プラス極が北極にも南極にもあり、マイナス極が南北の中緯度地帯にできる四重極構造になるだろうという。
太陽の基本構造になにか重大な異変が生じていることだけは確かなようだ。
世界の太陽観測を中心的に担っている日米欧三極の観測機関が、近く共同記者会見を開き、この異変を公表するという。
しばらく前から黒点が再び出現しはじめ太陽は活動性を回復しつつあるものの、活性度のレベルは低い。
太陽の活動レベルが低くなると、地球の気温は低下する方向に向かう。
太陽の放出するエネルギー(熱、光)が低くなるからそうなるのではなく(放出エネルギーはわずかなもの)、太陽磁場が弱くなる結果、太陽磁場で妨げられてきた宇宙線がより強く地球に降りそそぐようになり、それが雲の核を作るからだということが最近の研究でわかってきた。
CERN(欧州原子核研究機構)の超巨大加速器で実験したら、本当にその理論通りのこと起こるとわかった(「ネイチャー」2011年8月25日号)。
この実験結果には異論もあり、これから太陽活動が一層低下し、小氷期の再現のようなことが本当に起きるのか、それとも活性を取り戻し正常化していくのかは、まだ確証がつかめない。
しかし、小氷期に対する備えが必要なことだけは確かだ。
気候の歴史からみえてくることは
「小氷河時代は気候が不規則に急変した時代」
だったということだ。
「厳冬と東風がつづいたかとおもうと、ふいに春から初夏にかけて豪雨がふり、暖冬が訪れ、大西洋でしばしば嵐が起こる時代に変わる。
あるいは旱魃がつづき、弱い北東風が吹き、夏の熱波で穀類の畑が焼けつくようになる」。
その時代のブライアン・フェイガン『歴史を変えた気候大変動』を読んでいると、これはいまの時代にそっくりだと思えてくる。
要するに、これまでの固定観念にとらわれていては、
全く対処できないような時代がこれから続く、
ということだ。
これからしばらくは
気候的に何でもありのの時代になる可能性が強い。
バカの一つ覚えでのように、地球温暖化の危機を叫ぶばかりでは’いけない。
そして、まだまだ太陽に残る大きな謎(磁気周期の狂い以外にもたくさんある)を解くために、さらに観測を強化する必要がある。
2018~2019年に打ち上げ予定の日本の次世代太陽観測衛星「SOLAR-C」に世界の期待が集まっている。
』
● 太陽観測衛星「ひので」 JAXAより
● google画像より