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● 2007/12/25[2007/9/20]
『
家が無くなった。
それは、僕の想像を超えてた出来事だった。
13歳の僕には理解しきれなかった。
中学2年の1学期の終業式の日。
朝、いつものように起きるとお父さんはもうどこかに出かけていて、5歳上の大学1年のお兄ちゃんは入学してようやく慣れてきたであろう大学に行く準備を、4歳上のお姉ちゃんは大学受験を控えた高校に行く準備をしていた。
いつも通りの朝。
僕は僕で中学校に行く準備をして出かけた。
7月末のその日は朝から暑く、歩いて学校に行くだけでも結構な汗をかいた。
学校に到着して同級生と顔を合わせ、夏休みの予定など呑気に話した。
バスケットボール部に所属していたので、部活の練習予定の合間をぬってキャンプに行こうと友達とプランを立てたりもした。
そんなに遠くに行くわけではなかったのだが、中学生の僕にとってそれは大冒険を意味し、胸踊らせ、心ときめかした。
やがて終業式のために全校生徒が対区間に集まり、有難みを無くした校長の話が終わり、無事に式を済ませ、帰路に着く。
家の近い友達と帰りながら夏休みの予定を披露し合い、お互いのお土産を買う約束をして別れた。
家に着くと、朝出かけたときとは明らかに様子が違っていた。
そのときは普通のマンションの2階に上がる階段の前で僕を迎えてくれたのは、家の中にあるはずぼ見覚えのある家具たちだった。
2階に上がる勇気が出ずに、野ざらしにされた家具たちをただぼーっと眺めていると、お姉ちゃんが学校から返ってきた。
状況というか状態を説明し、二人で2階に上がった。
2階に上がると、ドアは開きっぱなしになっていたが、「差し押さえ」と書かれた異常に存在感のある黄色いテープがクロス状に張られていて、もう家には入れなくなっていた。
どうやら田村家のお引越しは完了しているらしい。
住み慣れた家の最後に顔すら見られなかった。
ふと横を見ると、お姉ちゃんは泣いていた。
僕は泣くほどにも状況を理解できていなかった。
しばらくするとお兄ちゃんが返ってきた。
お兄ちゃんは状況を見て、
「お父さんの帰りを待とう」
と言った。
しっかり者のお兄ちゃんが返ってきたことで、お姉ちゃんの涙も止まり、僕も妙な安心感に包まれていた。
実際、お兄ちゃんも状況を把握しきれず不安だったに違いないが、焦る様子もみせずに落ち着き払っていた。
もしこの時、お兄ちゃんが取り乱していたら、お姉ちゃんも僕も収拾できないくらいに泣きじゃくっただろう。
長男というのは大変である。
三人でお兄ちゃんの指示通りにお父さんの帰りを待った。
待ち人来る。
お父さんが帰宅(?)というか、とりあえず帰ってきた。
笑っているわけでもなく、怒っているわけでもなく、かといって真顔でもない複雑な表情を浮かべていた。
お父さんは僕達三人を2階へと連れていき、クロス状に張られたテープの前に並べて、まるでバスガイドの名所案内のように手のひらをテープに向けて、こう言った。
「
ご覧のように、まことに残念なことではございますが、家のほうには入れなくなりました。
厳しいとは思いますが、これからは各々頑張って生きてください。
‥‥‥‥‥解散 !
」
か・い・さ・ん?
あの」遠足のときに使われる解散?
ということは、家に帰ればいいのか?
たった今その言えに入れないと言われたとこなのに。
全く理解ができなかった。
お父さんはそれを告げると足早に何処かに去っていってしまった。
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僕は依然として状況をほとんど飲み込めていないままだったが、このまま一緒にいるとお兄ちゃん、お姉ちゃんに迷惑がかかることだけはわかった。
「俺は、一人で大丈夫。なんとかするわ」
怖くて不安で、「一人にしないで」と言いたくて仕方だなかったが、必至で耐えた。
一人になることだけが、なんの生産性の無いただの浪費者の僕にできる、唯一の兄姉孝行だと考えた。
』
[ ふみどころ:2012 ]
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