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● 2005/08/25[2005/07/20]
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日本からみるとき、忘れてはならない2つのポイントがある
①.ひとつは、外から見る中国像には、フィルターがかかっているという点
②.もうひとつは、中国経済は今でも「政治支配の経済」であるという点
である。
海外の中国論は、総じて中国における中国論より楽観的で、中国はすぐにでも先進国を追い抜くかのように報じている。
これは、中国を有望なマーケットと期待しているからである。
特に日本では、近年の「中国特需」もそうした期待感を増幅してきた。
だが中国では、成長のひずみから民衆の不満の鬱積しており、中国の指導者は決して楽観視してはいない。
政治面においても腐敗などによる党の統治力低下に危機感を感じて、「湿性能力の向上」をスローガンに打ち出しているほどだ。
さらに本質をつかみにくい背景には、中国当局の報道管制という要因がある。
上海の高層ビルはうんざりするぐらい目にする一方、頻発している農民や労働者の抗議行動は見えてこないということが常に起こっている。
われわれが目にするのは「検閲済みの中国像」なのだ。
中国経済は一党独裁下の
「官僚主導型擬似市場経済」、つまり
「政治化された経済」
だという点は、意外と忘れ去られている。
とかく「市場経済」という言葉が先走り、あたかも中国が市場経済の論理で動いていると勘違いしやすい。
だが、「社会主義市場経済」という言葉が示すように。形容詞付き市場経済、つまり
「政治が支配する市場経済」
なのである。
もちろん、「政治化された経済」が国家の資源を集中的に投下した結果、急速な経済成長を可能にしたという側面はある。
同時に、これからは逆にこれが足かせになり得るという事実がいま次第に明らかになりつつあるのである。
近年、中国経済のバブル傾向が話題になっている。
政府はバブル崩壊を恐れ、「マクロコントロール」とやばれる引き締め策で、行き過ぎた投資を抑えようとしている。
過剰な投資の原因は、過剰な銀行融資である。
人民元の切り上げを見込んで海外から大量のマネーが流入している。
人民元預金が増え、供給過剰になっている。
銀行は預貸金利ザヤを稼ぐため、盛んに融資を拡大してきた。
中国政府は、不動産や自動車、鉄鋼関連に投資が集中し、この分野の生産過剰が深刻になっているため、調整局面に入ると資金の回収ができなくなり、銀行の不良債権が増大するということに危惧している。
潤沢な銀行預金を元手にした融資ができなくなれば、資金繰りが苦しくなり、投資そのものが収縮する。
過剰投資は生産過剰をもたらし、企業の利潤減少を引き起こす。
その結果、企業は経営不振となり、大量に融資した銀行は資金の回収ができず不良債権が増大する。
銀行融資にたよった投資活動によって支えられてきた経済成長の根底が崩れてくるわけである。
こうした「中国版バブル」は、「経済問題」というより「政治問題」である。
地方政府は投資を拡大すればGDP数値があがり、役人の昇進につながるため中央政府の指示に従わない。
リスクの高い過剰な投資の背景には、地方政府の「政治的衝動」があるため、中央政府による完全なコントロールは難しい。
もっとも、根底には中央政府自身が「経済成長は最大の政治任務」としてきたため、地方政府が数字のつじつま合わせをするという一面があり、その意味でこれは政治システム全体の問題なのである。
過剰投資のもう一つの結末は財政赤字のぞうかである。
政府主導の投資は必然的に財政赤字をもたらす。
中国の経済成長は大きな代価を払っている。
財政は、金融とならぶ中国経済の中長期的な不安定要因である。
1997年ノアジア通貨危機や98年の長江洪水で中国経済が失速したとき、景気刺激策として1000億元の特別建設国債を発行した。
以後、「積極財政政策」の名の元に国債が継続的に発行され、成長率を維持する役割は果たしたが財政赤字は増加した。
そのつけは末端の農村部に回されており、県・郷鎮の財政は危機的状況にある。
医療・教育などの公共サービスも満足に提供できず、農民の政府に対する不満をたかめる原因になっている。
国民の消費力が弱いため、経済成長を維持するには投資に過度に依存するしかない。
その資金は、主に銀行融資と国債かtら調達される。
つまり、中国の経済成長は銀行と国家財政が維持し、最終的なリスクも金融と財政が請け負うということだ。
金融と財政が支えきれなくなれば、成長も失速してしまうことになる。
外資の動向も成長の行方を左右する要因である。
外資導入は2003年に5,000億米ドルを超え、GDPの4割異常を占める。
2003年の中国貿易総額は、世界第4位だが、貿易依存度(GDPに占める貿易額の割合)は70%に達し、先進国の3倍以上にもなる。
鉄鋼は生産量では世界一だが、先進国からの3,700万トンの鋼材を輸入している。
これは先端技術がなく、特殊鋼を作れないためである。
商務省の研究者によれば、外資依存の衝撃は主に3つある。
①.第一に輸出が急増し貿易摩擦が生じること。
②.第二に外資の収益送金が増加し、経常収支の黒字維持が困難になること。
③.第三に外資に拠る輸出増大と直接投資で外貨準備が増えること。
米国国債を大量購入してはいるが、海外投資の収益は少ない。
外資依存の例としてよく取り上げられるのが自動車産業である。
2002年の自家用車の生産台数は、前年より30万台増加したが’、その6割はノックダウン(製品の主要部品を輸入して組立る)方式だった。
これは「小さな投資で素早く暴利を得る」という誘惑に負けたと批判されている。
ノックダウン方式の3つの弊害があげられている。
①.第一に大量の部品を国外から輸入するので、部品メーカーが育たないこと。
②.価格が高くなるので消費者の負担が増加すること。
③.組立では開発設計能力が育たないこと。
さらにはすでに、自動車生産は過剰になりつつあると言われている。
国家統計局関係者は自動車産業には3つの制約があると指摘する。
①.第一に自主開発能力がないこと。
②.企業が小規模で分散していること。
③.自動車ローンの整備、駐車場不足などの消費環境が悪いこと。
もっとも、「自主開発能力の欠如」は自動車産業だけではない。
それは中国の産業全体がが抱える問題である。
かっては対外開放すれば「外資から技術を学べる」と期待されていたが、最近では「国内市場を外資に開き、技術と交換する」という政策は破綻されたとの見方が主流になりつつある。
たとえば装置産業(鉄鋼業、石油化学工業など、生産が大規模な装置で行われ、自動化されている産業)については「15~20年」の差があり、他の産業でも同様だと中国側は認識している。
とくに知的所有権がからむ中核技術が足りないことを気にかけている。
官僚やホワイトカラーといった頭脳労働者は地位が高く、「手足を使う者は、人に使われる」という儒教の伝統的価値観の影響で、熟練技術工が足りないという問題もある。
1996年には4467校あった技術学校は、2002年には3792校と6年間で15%減ってしまった。
親は子どもに官僚や社長、教授になることを期待しており、技術工になってほしくないと思っている。
そんも結果、企業が大卒を探すのは容易だが、技術工がみつからないという人材ミスマッチが生じている。
政府はこの問題に気づき対応に追われているが、すでに10年の人材の断層が生じており、さらに工業化の足を引っ張ると心配されている。
かってメキシコ、ブラジル、アルゼンチンなどラテン諸国は「奇跡の高度成長」をとげた。
しかしその後、市場、金融開放や格差の拡大が原因で経済危機が発生した。
中国のゆくえを予測するとき、旧ソ連とラテンアメリカの経験が大いに参考になる。
前者は「共産主義国家の市場経済化」
後者は「発展途上国の市場経済化」
の難しさである。
1960年代初頭に、ソビエトはアメリカの2倍のスピードで経済成長した。
「計画経済はついに機能し始めた」と世界が驚嘆した。
しかし、その後60年代半ばには失速し、長い停滞期に入り、そして社会主義国は崩壊した。
中国もソ連と同じく資本と労働力の大量投入による「粗放型成長」である。
韓国やタイなどとは異なり、アジア通貨危機は回避できたが、それは金融が開放されていなかったからにすぎない。
中国研究者は、中国が警戒すべきラテンアメリカの経験は次の5つだとみている。
①.第一に工業生産力が破壊された点。
対外開放を急ぎすぎたため、外資に席巻され、競争に敗れた興行関連企業が数多く破産した。
②.第二に経済改革をしたのに雇用が増えずに、逆に減った点。
産業構造が高度化’しても雇用は増加しなかった。
③.貿易不均衡。
輸出は増加したが、輸入はそれを上回った。
④.技術力が弱かった点。
研究開発せず外国からの技術導入に頼ってしまった。
⑤.金融開放のタイミングを誤った点。
中国が「人民元切り上げ」に慎重なのは、全面市場化とグローバル化に突入したとき、金融面からほころびが生じることを怖れているからだ。
これまでは、政治は独裁であっても経済成長が達成できた。
資本と労働力の単純な投入であれば、独裁でも可能であろう。
「政府は審判なのに、同時にプレイヤーでもある」と批判されている。
つまり、自分で規則をきめて、自分で絵プレイーするということだ。
立法・行政・司法の三権を支配する党官僚、あるいはその一族がビジネスに手を出せば、市場経済は正常に機能しない。
市場経済の発展を支える起業家精神も技術革新も生まれない
中国企業は、日本、韓国、台湾とは異なり、技術への長期投資ができていない。
技術は資金投入だけではうまくいかない。
研究機関、金融機関、ビジネスパートナー、顧客との横のネットワークが必要である。
横のネットワークが、情報・資金・製品・人材を自由に流動させるからこそ、技術の商品化が可能になる。
いまの中国で、それは可能なのか。
中国共産党はあらゆる組織を支配する。
産業界も例外ではない。
企業が共通利益のために連携することは不可能だ。
起業家は共産党や官僚機構と関係をつけるしかない。
地方の党官僚が「地元の利益」にこだわるのは、賄賂が得られるからであり、自らが会社を所有し経営しているからである。
投資で雇用をふやせば、社会と政治が安定するため、党中央自身が投資を奨励するという一面もある。
地方が競い合って同じ分野に投資し、大量の浪費が生じているが、党は経済政策より政治的安定を優先するため、それを承認することになる。
行政命令で動く経済は、上から「止めろ」と号令を出せば、一斉にストップする。
逆に自由にやらせれば、需要を無視して無制限に生産を続ける。
中国では「管理すれば失速し、自由にさせれば混乱する」(一管就死、一放就乱)という言い回しがある。
これこそが「官僚経済」であり、コストに敏感な民間企業主導の「市場経済」ではない。
政治支配の経済から市場経済への転換での最大の抵抗勢力は、利権集団化した「政府部門」である。
行政権力で確保した利権が脅かされるからである。
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[ ふみどころ:2012 ]
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