2012年8月19日日曜日

★ 中国激流 13億のゆくえ:興梠一郎

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● 2005/08/25[2005/07/20]



 新華社通信発行:瞭望東方周刊(2004/08/05号)
 「中国の発展は、臨界点に近づいている」より

 純粋な市場経済のモデルによれば、一定レベルまで発展すると臨界点に達する。
 その臨界点を克服すれば、欧米のように全体に豊かになれる。
 だが、失敗すれば、ラテンアメリカのように貧富の格差が拡大し、不安定になる

 ラテンアメリカ化のもうひとつの問題は、世界経済との一体化を強調し過ぎたことだ。
 技術、資金、管理面で先進的な一部の企業は世界の仲間入りをしたが、他は徹底的に置き去りにされた。

 上流社会は世界経済に参入したが、5割の人間はどん底に落ち込んだ。


 朱よう基首相:2001年

 中国最大の問題は三農(農業・農村・農民)である。
 問題はおそろしく多い。
 農民問題はやりにくい。
 歴代の王朝の滅亡は、すべて農民蜂起が原因である。
 農民が安定しなければ、国家は安定しない。
 だが、中央政府は農村にない。

 農村問題、つまり農民問題は、中国の行方を左右する中国問題そのものといっても過言ではない。

 農民が餓死することもなくなったいま、なぜ農民に関心があつまっているのか。
 それは「農民による抗議運動が頻発し、農村が政治的危機に直面している」からだ。
 農民は、人口としては最も多いが「顔のない存在」である。

 抗議活動が活発化した背景には、以下のような事情がある。
①.政府と農民が独立した利益団体になり、その利害が一致しなくなっている。
②.農産物増産で価格が下がり、農民の収入が逆に減った。
③.中央政府は農村統治の目的で、末端レベルまで行政機関を設け、行政人員を配置したが、その人件費を負担せず、農民に押し付けた。
④.農村で矛盾が解決できないため、農民は大量に都市に流れ込んだが、その結果として、出稼ぎ労働者と都市住民のあ亀裂が強まった。

 農村問題の根底には、党への権力集中の仕組みがある。
 農民代表が選挙で選ばれたとしても、それはナンバー2に過ぎない。
 そのトップにいる党書記は、民衆の選挙で選ばれはしない。
 結局、党による支配体制が変わらなければ、民意を反映した新の民主選挙は難しい。

 出稼ぎ労働者は産業労働者の3割まで占めるまでになっている。
 農民一人あたりの年収に占める出稼ぎ収入も4割に達している。
 農村経済の都市工業への依存度が高まってくると、経済成長が止まると、農村にまで大きな影響をもたらすというリスクが出てきている。 

 農村での生活が苦しく、農業で十分な収入がエられないから、農民たちは都市に出稼ぎに出る。
 農村が疲弊している原因は、長年の都市重視・農村軽視の政策にある。
 中国の経済成長とは「農村を犠牲にした都市の反映」
ともいえる。
 それは、
①.農業への財政サポートの不十分
②.農村金融の空洞化
 農業銀行を含む4大国有商業銀行はすべて農村への貸付業務を減らしている。
 融資の5%しか農業関係に融資されていない。
③.医療などの衛生面の問題
 人口の6割を占める農村部への政府の衛生関連支出は2割で、人口比で4割の都市部が8割を享受している。
 同じく医薬品は95%が都市で、農村は5%しか消費していない。
 医療保険についても、農民の9割はカバーされず、治療は自己負担になっている。
 そもそも農村の財政難とは、かなりの部分、公務員の人件費の負担に拠っている。

 労働人口の半数を占める農民の数を減らして、、農業生産の効率を上げるという方向性もあるが、その剰余の労働力を吸収する都市や工業にも限界がある。
 農業の余剰労働力は、人口の10%以上にあたる1億5千万人もいる。

 中国史をみればわかるように、王朝末には必ずといっていいほど
 「都市の繁栄と農村の疲弊」、
 「貧富格差の深刻化」
が引き金となって民衆動乱が発生し、王朝が崩壊するというパターンを繰り返している。
 これから中国が安定を維持しながらも、引き続き発展していくことができるかどうか。
 そのカギとは、都市の高層ビルにあるのではない。
 その影に隠れた
 「広大な農村」
にあることだけは確かである。

 都市部の場合、土地は国家(実際は地元政府)が所有しており、個人には所有権はない。
 農村の場合は、農民が集団所有する。
 開発に際しては国有(政府所有)に名義変更される。
 いずれにあっても、個人はどうすることもできない。

 立ち退きを迫られた場合、保証金は建物だけに支払われる。
 いわゆる「レンガと瓦代」である。
 しかし、不動産会社は土地使用権の金額も入れて販売する。
 これにより、安く買い上げ高く売ることが可能になり、とてつもない暴利を得ることができる。
 地上げについては、政府と不動産会社は「利益共同体」になっている。
 不動産会社は取り壊しを政府関係業者に委託する。
 政府・不動産会社・評価機関・取り壊し業者はすべて一体となった「官僚資本」なのである。
 政府が土地の所有権を有する、という立場を利用して、身内の不動産会社に優先的にしよう権を譲渡する。
 補償額は、やはり身内の評価機関が算出する。
 取り壊しも身内が行う。
 まさに官による露骨な開発ビジネスにほかならない。

 立法や行政面でも官僚集団に有利になっており、住民には不利である。
 過去の計画経済体制のもとでは、「個人は国家の利益に服従する」とされていたため、立ち退きに関する法令もそれに基づきて制定されている。
 根底には、私有財産が否定されているため、市場経済を導入したが、あいかわらず私有財産は保証されないのである。
よって土地使用権譲渡の許認可権を握った「地主」の政府と、業者が利益を独占できる仕組みになっているのだ。

 強引な地上げは「失地農民」の増加をもたらしている。
 多数の農民が土地を失い、仕事にもありつけず、流民化する減少が目立ちはじめている。
 農民は、土地を失うと最低限の社会保障が失われてしまう。
 国営新華社通信によれば、土地を失った農民は全国に「3,500万人」いるという。
 2030年には失地農民は「1億1000万人」に達するとみられている。
 うち5,000万人は、土地もなく仕事もない状態に置かれる可能性、があるという。

 農村の現地政府は都市部と同様できるだけ安値で収用し、高値で売ろうとする。
 なぜなら、それが政府の収入になるからだ。
 通常、土地取引では、政府が60~70%、村が25~30%の利益を得る。
 そして農民には5~10%しか配分されない。

 農村の地上げは、農民だけの問題だけでなく、最終的には耕地の減少、少量不足という問題を併発する可能性がある。
 中国政府もそれを懸念している。
 2002年8月、国土資源部は
 「食料生産を維持するには、100万Km2(中国国土面積の約一割)の農地が必要」
と発表した。
 中国の人口は、今でも毎年800万人から1,000万人増えており、30年後には16億人に達すると予想されている。
 必要とする耕地面積を一人あたり「670m2」とすれば、16億人では「100万Km2」必要になるというわけである。
 
 だが、開発区の乱立で耕地面積は激減している。
 国土資源部の調査結果では、1996年には「130万Km2」であった耕地面積が、2002年末には「126Km2」に減少している。
 6年ほどで「4万Km2」が失われている。
 この勢いで減り続けると、30年後には限りなく100万Km2に近づく。
 資源部は「十数億の人口を抱える中国では、食料自給率の確保は、経済発展と社会の安定の土台」だと述べている。

 このすさまじい地上げの背景には、政府が土地取引という錬金術にとりつかれている、という実態がある。
 国土資源部によれば、ここ数年、地方政府の土地譲渡収入は毎年平均450億元(5,600億円)であったが、同時期の住民への保証は91億元(1,100億円)だった。
 県のレベルでは土地譲渡収入が財政収入の半分を締めているところもある。
 もはや地方政府は土地ビジネスなしには立ちゆかないのである。

 問題の根源は、住民の財産権を保証する法律がないということによる。
 「憲法」には2004年3月の全人代で、
 「合法的な私有財産は侵犯されない(13条)」と新たな規定が加えられたが、これにからむ私有財産を保証する法律は制定されていない。
 よって、住民が憲法を盾にとって立ち退きや取り壊しに反対しても、裁判所で受理もされない。

 一人っ子政策の影響で、中国都市部の家庭は子どもへの投資を惜しまない。
 進学校に子どもを入れようと、学校を選ぶいわゆる「択校熱」(学校選択ブーム)も激化している。
 中国の教育は、富裕層に有利なエリート教育化しつつある。
 裕福な家庭の子どもは中高生の段階で海外留学する例も少なくない。
 だが一方で大衆教育への投資は不十分のままだ。
 そもそも、教育への財政支出は世界水準よりも低い。
 2000年の時点でも、GDPの約3%だ。
 世界平均は5%である。
 なかでも義務教育への支出は少なく、義務教育を受ける子どもは全体の78%であるが、そこへの支出は52%しかない。
 とりわけ農村では、64%に対して50%だった。





[ ふみどころ:2012 ]



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